了解点
【了解点の必要性】
良心は、これまでの学習や経験の省察から蓄積された価値観によって、「善」とする見方や考え方を「別のもう一人の自分」に指令します。この価値観は、より普遍性のある道徳的価値に基づくものでなければなりません。そうしないと単なる独断に陥ってしまうからです。しかしながら、この価値観は、主観的なものであることには変わりありません。そこで、より普遍性のある価値観をめざすには、どうしても、自分も他者も正しいと考える価値観を省察し、蓄積していく必要が生じます。
ところが、自分も社会のすべての人も正しいと考える価値観に対して、必ず、「そうは思わない」という人もいます。また、社会の多数の人が、一致したり合意をしたりする価値観は、少数の人々に一方的におしつける危険性もあります。しかし、だからといって、自分も他者も正しいと考える価値観をめざした省察を止めてしまうと、みんなが自らの主観のみによって考え、判断して、「我の価値観こそが唯一のものだ」というようになり、危険な独断や価値観までもが同等に大切にされるような相対化した価値観がはびこってしまい、人として、自分も他者も幸せな、よりよい生き方ができる、より普遍性のある価値観を共有することができなくなります。
社会のすべての人が正しいとする価値観(普遍性のある価値観)は、存在しないかもしれませんが、社会のすべての人が正しいと考えるであろう価値観をイメージして、それに向かって、「より」普遍性のある価値観を他者と共有することはできます。その了解した価値観を共有したということは、そのことによって、集団(コミュニティ)が形成されたということになり、さらに、その構成員たる自分も、そのより普遍性のある価値観を了解したということで、自らの良心の「善」の中に客観性が持ち込まれ、主観性と客観性を併せ持った、よりよい見方や考え方をすることができるようになっていくのです。
そのように考えると、より普遍性のある価値観は、集団やその個人に対して、指令性と優位性をもった上位の価値観となるので、常に、集団や個人は、それが了解できるものであるよう点検や修正がされなければなりません。また、集団や個人は、了解した価値観の指令性や優位性に対して、それらを認めることができるような尊敬の念や憧れといった感情を伴うことも必要になります。つまり、了解した価値観によさやすばらしさが備わっていて、そのよさやすばらしさを実感したり、それを体現するような人やその生き方に触れさせたりする中で、その感情を高めていくことも重要になってきます。
このように、学習や経験の省察から、より普遍性のある価値観をイメージする理性と、それへの尊敬の念や憧れの感情を高める感性の両方を育てていくことが道徳性を養うことであり、このような集団や個人が形成されることが、その先の姿ではないかと考えています。了解点のある授業の提案は、その学習機会を道徳科で作ろうとする試みです。
道徳科は、これまで、展開後段での道徳的価値への考えを深める学習においては、多角的な考えを大切にするために、考えの出し合いで終わっていました。勿論、そういう授業も必要ですし、大切です。ここで提案するのは、一人ひとりが出した道徳的価値への考えを、グループやクラスという「社会」の中で、了解点をつくっていくというものです。互いの道徳的価値への考えを理解し合った上で、集団として了解できる価値観を見出す学習によって、少しでも、より普遍性のある価値観に向かう経験になるのではないかと考えています。
【了解点の手法】
まず、展開後段の問いは、「友情とは何か」「なぜ、思いやる心は大切なのか」といった道徳的価値の意義や大切さを問うものにします。これは、グループやクラスで共有すべきは、道徳的価値のそもそもの見方や考え方であって、「善」の根拠になる価値観だからです。道徳的態度への問いによって、出し合った考えを了解すると、多様な態度の選択が損なわれて画一化してしまう恐れがあるので避けます。
次に、その問いに対して、一人ひとりが、これまでの学習や経験からの考えたものをワークシートに記し、グループで画用紙に貼ります。グループでそれらを読み合いながら、友達の記した内容に対して、「同じ」「分かる」「なるほど」「すごい」と思った個所を見つけ、マジックなどで書き込んでいきます。この4つの評価語にしたのは、めざすべきは了解した価値観であるので、相違点よりも肯定的に評価できる点を探すために設定しました。そして、評価語を記入した理由などを書いたり交流したりして、その内容を確かめ合います。
そして、4つの評価語を記入した個所を中心に、グループのみんなが、どのような見方や考え方なら了解できるのかをまとめていきます。この了解点は、一言一句、正確にまとめるような合意や一致ではなく、誰かのまとめの提案に修正を加えながら、「その意味ならいい」「それならわかる」といったニュアンスの程度のものでよいと思われます。
さらに、グループから了解点の報告を受けて、今度は、クラスで了解点をめざしていきます。単に共通点を探すのではなく、クラスのみんなが、これから生活していったり、道徳上の問題に出会ったりしたとき、この了解点に立ち戻って考えることができる、一つの支えになるものを見つけていくというスタンスでまとめていきます。
少なくとも1年間、共に学校で生活していく友達と、よりよい価値観に向けて話し合い、創り上げていき、みんなが練り上げた価値観のもとで安心して生活し、さらに、よりよい生活に向かうことができる、そんなクラスになることを願っています。
良心は、これまでの学習や経験の省察から蓄積された価値観によって、「善」とする見方や考え方を「別のもう一人の自分」に指令します。この価値観は、より普遍性のある道徳的価値に基づくものでなければなりません。そうしないと単なる独断に陥ってしまうからです。しかしながら、この価値観は、主観的なものであることには変わりありません。そこで、より普遍性のある価値観をめざすには、どうしても、自分も他者も正しいと考える価値観を省察し、蓄積していく必要が生じます。
ところが、自分も社会のすべての人も正しいと考える価値観に対して、必ず、「そうは思わない」という人もいます。また、社会の多数の人が、一致したり合意をしたりする価値観は、少数の人々に一方的におしつける危険性もあります。しかし、だからといって、自分も他者も正しいと考える価値観をめざした省察を止めてしまうと、みんなが自らの主観のみによって考え、判断して、「我の価値観こそが唯一のものだ」というようになり、危険な独断や価値観までもが同等に大切にされるような相対化した価値観がはびこってしまい、人として、自分も他者も幸せな、よりよい生き方ができる、より普遍性のある価値観を共有することができなくなります。
社会のすべての人が正しいとする価値観(普遍性のある価値観)は、存在しないかもしれませんが、社会のすべての人が正しいと考えるであろう価値観をイメージして、それに向かって、「より」普遍性のある価値観を他者と共有することはできます。その了解した価値観を共有したということは、そのことによって、集団(コミュニティ)が形成されたということになり、さらに、その構成員たる自分も、そのより普遍性のある価値観を了解したということで、自らの良心の「善」の中に客観性が持ち込まれ、主観性と客観性を併せ持った、よりよい見方や考え方をすることができるようになっていくのです。
そのように考えると、より普遍性のある価値観は、集団やその個人に対して、指令性と優位性をもった上位の価値観となるので、常に、集団や個人は、それが了解できるものであるよう点検や修正がされなければなりません。また、集団や個人は、了解した価値観の指令性や優位性に対して、それらを認めることができるような尊敬の念や憧れといった感情を伴うことも必要になります。つまり、了解した価値観によさやすばらしさが備わっていて、そのよさやすばらしさを実感したり、それを体現するような人やその生き方に触れさせたりする中で、その感情を高めていくことも重要になってきます。
このように、学習や経験の省察から、より普遍性のある価値観をイメージする理性と、それへの尊敬の念や憧れの感情を高める感性の両方を育てていくことが道徳性を養うことであり、このような集団や個人が形成されることが、その先の姿ではないかと考えています。了解点のある授業の提案は、その学習機会を道徳科で作ろうとする試みです。
道徳科は、これまで、展開後段での道徳的価値への考えを深める学習においては、多角的な考えを大切にするために、考えの出し合いで終わっていました。勿論、そういう授業も必要ですし、大切です。ここで提案するのは、一人ひとりが出した道徳的価値への考えを、グループやクラスという「社会」の中で、了解点をつくっていくというものです。互いの道徳的価値への考えを理解し合った上で、集団として了解できる価値観を見出す学習によって、少しでも、より普遍性のある価値観に向かう経験になるのではないかと考えています。
【了解点の手法】
まず、展開後段の問いは、「友情とは何か」「なぜ、思いやる心は大切なのか」といった道徳的価値の意義や大切さを問うものにします。これは、グループやクラスで共有すべきは、道徳的価値のそもそもの見方や考え方であって、「善」の根拠になる価値観だからです。道徳的態度への問いによって、出し合った考えを了解すると、多様な態度の選択が損なわれて画一化してしまう恐れがあるので避けます。
次に、その問いに対して、一人ひとりが、これまでの学習や経験からの考えたものをワークシートに記し、グループで画用紙に貼ります。グループでそれらを読み合いながら、友達の記した内容に対して、「同じ」「分かる」「なるほど」「すごい」と思った個所を見つけ、マジックなどで書き込んでいきます。この4つの評価語にしたのは、めざすべきは了解した価値観であるので、相違点よりも肯定的に評価できる点を探すために設定しました。そして、評価語を記入した理由などを書いたり交流したりして、その内容を確かめ合います。
そして、4つの評価語を記入した個所を中心に、グループのみんなが、どのような見方や考え方なら了解できるのかをまとめていきます。この了解点は、一言一句、正確にまとめるような合意や一致ではなく、誰かのまとめの提案に修正を加えながら、「その意味ならいい」「それならわかる」といったニュアンスの程度のものでよいと思われます。
さらに、グループから了解点の報告を受けて、今度は、クラスで了解点をめざしていきます。単に共通点を探すのではなく、クラスのみんなが、これから生活していったり、道徳上の問題に出会ったりしたとき、この了解点に立ち戻って考えることができる、一つの支えになるものを見つけていくというスタンスでまとめていきます。
少なくとも1年間、共に学校で生活していく友達と、よりよい価値観に向けて話し合い、創り上げていき、みんなが練り上げた価値観のもとで安心して生活し、さらに、よりよい生活に向かうことができる、そんなクラスになることを願っています。
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